自己破産|相続における骨肉の争い

第1 請求

 被告は,原告に対し,金100万円及びこれに対する平成16年12月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

 本件は,被告が,不用意に原告の破産の事実に言及した書簡を原告の亡父の相続人等へ送付したことによって原告の名誉を毀損したとして,原告が慰謝料を請求した事案である。

1 争いのない事実等

 (1) 被告は訴外A有限会社(代表取締役訴外B)との間で,平成13年10月5日,訴外B及び原告を連帯保証人として,また訴外Cを連帯保証人として,それぞれ金銭消費貸借基本契約を締結し,訴外Cとの間で,同月12日,前記契約を原因として,愛知県尾張旭市a町b丁目c番dの土地のうち同人持分の一部について根抵当権設定の仮登記を付けた(乙1,2及び弁論の全趣旨)。
 (2) 訴外A有限会社は平成14年4月頃破産宣告を受けた。また原告は平成14年7月11日,訴外Bは平成16年7月22日,それぞれ破産宣告を受けた(甲1の1及び弁論の全趣旨)。
 (3) 訴外C(以下「亡C」という。)は平成15年8月3日死亡した。原告は,その後1か月以内に,父である亡Cの債務を相続するのを避けるべく,母の訴外D及び姉の訴外E共々相続放棄の手続をとった。また,第2順位の相続人は全て死亡していた。
 (4) 平成16年1月26日現在,被告の訴外A有限会社に対する債権額は,残元金1342万6721円,利息及び遅延損害金607万1596円合計1949万8317円であり,同会社に対する競売手続における配当額は1194万5393円であり,不足額は755万2924円であった。前記仮登記分として供託された配当金は533万4953円であった(乙3)。
 (5) 被告は前記仮登記を本登記に改めるべく,平成16年11月下旬頃,亡Cの第3順位の相続人等30人に対し本登記に改めることの承諾を求めて書簡を送付した。その書簡には,連帯保証人である訴外B及び原告が自己破産となったことが言及されていた(甲1の1,2及び甲3)。

2 争点

 被告が第3順位の相続人等へ前記書簡を送付したことが,原告の名誉を毀損し,慰謝料を認めるに足りる違法性があるかどうか。
 (原告の主張の要旨)
 本登記の承諾書を入手するという被告の目的からすれば,亡Cが連帯保証人兼物上保証人であること,物上保証の中身が仮登記であり,対象物件について競売が実施されたが,配当を受け取るためには本登記に改める必要があること,第1順位,第2順位の相続人が全て相続放棄或いは死亡していることを説明すれば十分であり,原告が破産した事実に言及する必要は全くない。
 破産の事実は官報公告によってたとえ不特定多数の人が認識し得る情報であっても,現実にその情報に接することができる或いは接した人は社会全体のごく一部であり,そのような事実に接していない大多数の人から受ける社会的な評価は正に法が保護の対象とした社会的名誉である。
 原告は破産した事実を親族に伏していたのであり,被告の不用意な情報開示によりそのプライバシーが侵害され,原告の破産の事実が親族中に知れ渡り,その名誉が著しく侵害されたのである。
 従って,被告には名誉毀損に基づき損害賠償責任がある。
(被告の主張の要旨)
 原告及び訴外Bは訴外A有限会社に対する融資上の連帯保証人であり,破産宣告を受けたために同人らに対する保証債務履行請求権を行使出来なくなった。
亡Cの担保物件について本件登記への承諾を求めるに至った事情を正確に理解してもらうためには,第1順位の相続人の相続放棄の事実に加えて,原告及び訴外Bが破産になったことを説明することは第3順位の相続人の心理的反感と金銭的負担感を和らげるためには必要不可欠であり,そのこと以外に他意はない。
 破産法32条1項(旧法143条1項)は,破産手続の開始は公告の対象になっており,その趣旨は破産宣告を広く一般に知らせることにある。
そうであるとすれば,一般人であろうが,親族であろうが,破産の事実の知らせを受ける地位は同じであり,原告の個人的な理由によって破産の事実を伏せたいという願望は畢竟独自の見解に過ぎない。
 従って,被告の行為は何ら違法性がなく,名誉毀損は成立していない。

第3 争点に対する判断

 1 証拠(原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
 (1) 原告は,訴外A有限会社の負債が大きいので,やむを得ず自己破産をした。
当時その事実を知っていたのは兄の訴外B,姉の訴外E及び母の訴外Dであり,それ以外の親族は知らなかった。
 (2) 亡Cの財産は負の遺産であったので,当初は,原告,訴外E及び訴外Dが相続を放棄し,訴外Bがすべて相続するという話が進んでいたが,訴外Bは原告らに黙って相続放棄をした。
原告らにそれがわかったのは平成16年12月頃のことである。
 (3) 平成16年12月初め頃,原告は,叔母である訴外Fから書簡(甲1の1)を受け取り,同人から,亡Cの兄弟全てにこの書簡が渡っているが,どういう事情なのか教えてほしい,原告や訴外Bが破産したのかということを聞かれたので,事情を説明した。
 (4) その後,原告は年に数回慶弔関係で親族と会う機会があり,その場で直接破産の話は出なかったが,自分が破産したことが親族に知れ渡ったので原告は精神的なダメージを受けた。
 (5) 第3順位の相続人は,全て亡Cの相続を放棄した。
2 争いのない事実等及び前記1の認定事実を総合考慮すると,次のとおり解すべきである。
 (1) 民法723条にいう名誉とは,人に対する社会的評価いわゆる外部的名誉を意味し,名誉を毀損するとはその社会的評価を低下させる行為をいう。
また破産法が破産宣告手続において破産の事実を官報に公告する趣旨は,関係人に破産宣告がなされた事実を知らしめ,権利行使の機会を与え,あるいは第三者が不測の損害を受けることを防止することにある。
 (2) ところで,前記のとおり破産の事実が公告されるとしても,現実にその事実に接することができる或いは接した人は社会全体のごく一部であることからすると,破産者自身が,その事実を他者に開示されたくないと考えることは自然なことであり,社会一般において破産という事実は人に対する社会的評価の低下を伴うものと理解されていることからすると,破産の事実が開示されないことへの期待は保護されるべきものと解されるから,破産の事実は原告のプライバシーないし名誉に係る情報として法的保護の対象となるものと解すべきである。
 (3) 次に,本件において被告が書簡によって原告の破産の事実を親族へ知らせた行為が,原告の名誉を毀損し,慰謝料を認めるに足りる違法性があるかどうかを検討する。
  @ 名誉毀損における違法性の有無は,被侵害利益である名誉の種類,内容と加害行為の目的,態様等を総合考慮して判断すべきである。
  A 本件では,前記判示のとおり,原告は破産者であるが,破産という事実は同人のプライバシーないし名誉として保護を受けるものであるところ,破産法の公告の趣旨からすると,破産者の支払能力等の経済的側面において,その保護につき一定の制約を受けていることは否定できない。
ところで,書簡(甲1の1)の文面からすると,被告は,訴外A有限会社が破産に至ったこと,連帯保証人である訴外B及び原告が破産し,その支払能力を欠いたこと,亡Cの死亡と第1順位の相続人が全て相続放棄をしたこと等を説明しているところ,物的担保に係る仮登記の本件登記への承諾を求める説明として,人的担保である原告の破産という事実は法律的な前提事実ではないものの,第3順位の相続人が,訴外A有限会社への融資につき物的担保以外の人的担保はあったのかどうか,またどうなっているのか,どうして親子,兄弟の関係で解決できなかったのか等の疑問を抱くのは自然なことであり,また予想されるところでもあるから,書簡において原告の破産の事実へ言及することは,仮登記の本件登記への承諾を求める説明の実質的な前提事実としての必要性を認めることができる。
また書簡送付の範囲は第3順位の相続人等30人であり,相当性を逸脱していない。
なお,送付先には相続人でない者が1人おり,その必要性はなかったものと解されるが,同人は相続人の同居人であり,誤って送付されたものと解されるので,この点をもって不相当と解することはできない。
  B 以上の点を総合考慮すれば,被告の行為が,原告の名誉を低下させたとは解されるものの,慰謝料を認めるに足りる違法性があるとは解することができない。

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